スナオナシュキ

素直になりたい:30代男性(自営業)

みんな心の奥底ではバーロー待ちしてるんだろ?

名探偵コナン ゼロの執行人を見た。

コナンを求めて映画館に行った訳じゃないけど、ショッピングモールに映画館が入ってて、歩き疲れたし見ようか、という感じで嫁(風呂嫌い)と見ることにした。

 

僕らはドラえもんとコナンの新作は必ず映画館で見ている。どちらからと決めたわけではないが、そういう風になっている。

 

嫁(風呂嫌い)とは同じアニメ好きだが、ジャンルはほとんど合わない。お互いのおすすめアニメは高確率で無視する。別に嫌いなジャンルではないのだが。

 

だから、コナンにおいても、お互いに好きな場面だったりキャラクターは違うのだ。

 

 

【コナンのココが好き10選】

唐突に自分に振ってみた。思い浮かべた順に羅列してみる。

 

1、博士のクイズにやれやれ顔なのにしっかり参加する灰原哀

 

2,服部平次の言う「おい工藤!」これはマジで無限ループできる。家でふとした時に口ずさんでします。

 

3、物語の最期のやれやれ顔をするコナン。丸い円で囲まれてる(アイリスアウト)となお良い。ゾクゾクする。

 

4、バーロー。

 

5、鰻重と騒ぎまくる源太がほとんど鰻重を食べさせてもらってない件。

 

6、全体的にもう灰原哀

 

7、高木刑事が捜査状況とかなんでもコナンにゲロッちゃう感じ。

 

8、コナンと哀ちゃんがツーショットで日常を過ごしてる時、なんかすごいドキドキする。秘密の共有。

 

9、源太やっぱ鰻重食べてなくね?

 

10、主人公最強なんだけど、ちゃんとピンチになりつつも、やっぱり最強なコナンの圧倒的主人公という立ち位置。作品のタイトル名が主人公の場合はやはり圧倒的でないと。

 

このように、全く頭の中で用意してなかったけど、無理やりほじくって好きなとこ10個をあげられるくらいにはコナンが好きなのだ。

 

今回の映画も良かった。ド派手なアクションもあってちゃんと映画を見たという満足感もあった。

ストーリーはやたら警察、検察、公安という言葉が飛び交うので、小さい子には退屈だったと思う。

僕は逆転裁判とかメッチャ好きなので、ストーリーがスッと入ってきたけど。

 

平次の「おい工藤!」がなかったのはとても残念だ。なんの前振りもなく、ふいに電話かかってきて「おい工藤!お前生きとったんか」の一言ぐらい無理矢理ぶち込んでも僕は全然気にしないのに。


と、上映中も頭の中でぶつくさ文句をつぶやいていた。

さすがに映画館で声を出すわけにはいかない。

お決まりのやり取りにニヤついたりしながらも物語はシリアスな展開へ。

 

コナンが何かに気づいて駆け出した!

そこで出た、ふいの「バーロー」

 


「来たっ!」

 

 

映画館に僕の「来たっ!」という生声が響き渡ってしまった。詳しくは「キッタ!」という感じ。

 

なんたることか。子供達だって静かに見てるのに30歳を越えてのマナー違反。

 

でも、おかしいな。見る前は全然バーロー待ちしてなかったのに。

バーロー待ちして見てたら「来たっ!」と言ってもしょうがないで済むけと、バーロー待ちしてないのに声が出るなんてミステリーだよ。

まぁ、でも人間である以上、心のどこが無意識にバーロー待ちしてたとしかもおかしくはないか。

 

だから気をつけた方がいい。

これからコナン映画見る人は、自分が無意識にバーロー待ちしているという事を自覚したするべき。人間ならばそうするべき。

 

さもなくば恥をかく事になる。

 

ちなみに言った直後、ヒソヒソ声で

「やべ、バーロー待ちしてた」

と嫁(風呂嫌い)に言ったら

「よくわかんない」とだけ言われた。

 

さては、こいつ人間じゃねーなと疑いが残ったが、クライマックスではコナンもアムロも人間じゃないアクションを連発。

 

最後の福山のエンディングテーマもコナンらしさ満天だった。おかげでエンドロールの最後の最後までコナン節を堪能できた作品になっていた。

 

とにもかくにも、名探偵コナン ゼロの執行人、おすすめです。

 

 

生まれながらに定められた運命

その一族に産まれてしまったが最後、運命からは逃れられない。

もし君が自分で歩く足を持っているのならば、運命を自ら切り開く道を見つけられたかもしれない。

 

もし僕に絵を描く才能があったならば、もっと絵を描く練習に時間を割いた人生計画を練らば良かった、と後悔してももう遅い。

 

そうすれば僕は君を擬人化してあげられたら良かったのに……と憂う。

 

 

 

で、チュッパチャップスの話なんですけど。

 

チュッパチャップスってすごい。

もちろんネーミングが。そのネーミングに負けないフォルムもすごい。

 

自らを「しゃぶる専用だ!」とか「みんな、俺を舐めまくってくれ!」と宣言し、コンビニでもスーパーで場所もわきまえずに公共の場でしゃぶられ願望をぶちまける。

 

 

そして、いざしゃぶられている間は”僧”のように時がすぎるのを待つ。

 

 

めちゃくちゃしつこくナンパしてきたのに、めっちゃマグロ。

 

 

そういう一族。

 

 

そんなイメージを持って擬人化の画像検索をした。

 

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うーん。なんかイメージと違った。

 

僕は絵を書けないから文句は言える立場じゃないんだけど、もっとチュッパチャップスらしい一族を書いている絵師さんがいたら、ぜひ友達になりたい。

 

市場価値は安く、大量生産され、多種多様でカラフルなカラー。

そして長年愛される。

 

買うだけ買って、忘れ去られ、放置される時もある。

 

しゃぶられずに捨てられる奴もいるだろう。

 

でもソイツ、きっと怒ってない。

私のことは捨てても、妹たちのことは愛してあげてねって言って捨てられてる。

最後は笑顔。一筋の涙。

 

その涙は奇跡的な確率でしか採取されないため、レアアイテムとしてブラックマーケットで取引されている。

 

そうだな、チュッパチャップスを擬人化したアイドルなんて良いかもしれない。

 

僕は観ないけど。

 

 

 

 

 

伊達に「伊達に」を好きで使ってるわけじゃないんだからねッ

そろそろ「伊達に」とちゃんと向かい合ってみようと思う。

そう思った理由は「伊達に」の使い方が、未だに混乱することがあるからだ。

 

例文を考えてみる。

「おまえ、またテストで100点取ったのか!?」

「伊達に塾行ってませんから」

 

もう、ややこしい。

行ってないって言ってるのに、結局行ってるやつ。

 

このツッコミすらややこしい。

 

伊坂幸太郎でもこんなにクドイ文にはならない。

言うとしたら、かろうじてマッキー。

 

もう恋なんてしないなんて言わない状態。 

 

たぶん「伊達に」の意味がわかってないから混乱するのかもしれない。

計算式を丸暗記したって、公式を知らなければ応用問題を解けないみたいなものか。

 

いざ、調べてみると簡単だった。

 

「伊達」というのは言い換えると「飾り」「格好だけ」という意味らしい。

ということは「伊達に」を「見栄で」とか「見栄を張るために」と言い換えると良い。

 

「おまえ、またテストで100点取ったのか!?」

見栄を張るために塾行ってませんから」

 

ちょっとまだ違和感がある。

今度は語尾に注目する。

例文がよくなかった。語尾は「~しているわけではない」にするとやさしい。

 

「おまえ、またテストで100点取ったのか!?」

見栄を張るために塾に行ってるわけではない」

 

もう少し付け加えると、

 

友人「おまえ、またテストで100点取ったのか!?」

僕「見栄を張るためにで塾行ってるわけではないッ!」

 

これ怒って使うやつだったんだ……。

 

というかこの例文だと友人がなぜ怒られているかわからない。

逆ギレでもないから、ただのキレ。急なキレ。

 

それにしても「伊達」って言葉を初めて調べた気がする。「格好だけ」だったとは。

ということは伊達公子は格好だけの公子であって、伊達政宗は格好だけの政宗だということなんだね。

こうなると人物なのか刀なのかもう分からない。

格好だけの政宗ということは、そんなに切れ味が良くないのだろう。

伊達政宗がフェイクである伊達政宗の切れ味に首を傾げているのを見て、草野マサムネがフェイクファーという歌を作ったのかもしれない。

 

いや、なんていくか、クドい……。

でも、こういうのが好き。

結局のところ、伊達が好き。

 

無垢なフリしたサイコパスにはなかなか出会えない

無垢なフリしたサイコパスにはなかなか出会えない、今から説明するわけだが、

少なくとも僕はコレを説明する息子は欲しくない。母さんゴメン。

 

 

例えば 一組の親子がいる。

 

5歳のタケルくんは元気な男の子だ。

家でもよく走り回るのだが、机にぶつかってパパの大事なガラス製のTENGAを割ってしまった!

どうしよう!怒られちゃう!

タケルくんは、「TENGAとか机に出しっぱなしにしてんじゃねぇよ、という気持ちを抑えて接着剤で修理することにした。

少し時間がかかったが、なかなかの出来栄えだった。

うーん、少し尖っちゃってるかな?

ちょっと血が出るかもしれないけど、パパはMだからご褒美になるから大丈夫!そう思ったら不安は全部消し飛んだ。タケルくんはいつのまにかTENGAのことなんて忘れて、また楽しく走り出しました。

 

ある日

 

「タケル、ちょっと来なさい」

なんだろう、いつも優しいパパなのに、今日はすごく怖い顔だ。

 

「これはなんだ?」

 

パパが見せてきたのは、この前タケルくんが修理したTENGAでした。

 

「それはTENGAだよ」

「そんなことは知っている。なんでこんなヒビだらけなんだと聞いているんだ。パパ、ちょっと迷っちゃったじゃないか。コレを試せば、まだ知らない世界にいけるかもしれないって、本気で思ったんだぞ」

「ちょっと何言ってるかわからないよ。僕は知らない!僕は何もやってないよ!」

 

明らかな動揺を見せるタケルくん。パパはタケルくんの肩を掴んだ。

 

「いいかいタケル。正直に生きるんだ!」

「正直に……?」

「そうだ!大人になったら嫌なことや逃げたくなることもたくさんある。でも一つだけ守らなくちゃいけない。それは嘘をつかない事だ。嘘をつく大人は悪い大人なんだ」 

 

よかった!パパは怒ってなかったんだ。僕のためにこんに一生懸命になってくれてる。嬉しいな!

 

「うんわかったよ、パパ!」

「分かってくれたか!嬉しいぞ」

そのまま体ごと抱き上げて、タクルくんを高い高いするパパ。

 

「でもさ。じゃあ、パパはどうしてママとけっこんしたの?」 

「ギクゥ!!」 

 

みたいな、サイコパス

ちょっと例がアレだったんでパパもサイコパスになったが、僕が出会いたいのは無垢なふりしたサイコパスの方だ。

 

アニメの「幼女戦記」も良かったのだが、ちょっとサイコパス感が違う。

 

無垢なやつ。似たような感覚で、子供が達観したセリフを言った時。それも好き。

 

はぁ。どっかにいないかなぁ?ロリータサイコパス

 

 

最低のクイズ問題

ストレスが溜まった。ストレスって目に見えないくせに人類からの認知度が高い。

 

幽霊とかは信じる人少ないのに。

 

というわけでセブンイレブンでアメリカンドッグを買った。

アメリカンドッグは昔から好きなんだけど、肥満有引力係数が高い。

肥満有引力係数とは僕を肥満へと引きつける数値の高さだ。

理数系なので思わず、難しい単語が出てしまった。

申し訳ない。

 

つまり、糖質の油でできているので、デブの餌なのだ。

 

 

もちろん担当医に止められている。

 

ちなみに担当医は僕の心の中に住んでいるのだが、よくサボる。まったく、仕事をしろ仕事を!

 

 

それで、アメリカンドッグを買った時に目に入ってしまった。

 

300円以上買うと1本もらえる」

 

というキャンペーン広告。

 

 

セブンイレブンは、理数系の僕にこういうキャンペーンを見せたことを後悔するといい。

理数系だから一瞬で暗算して、一番お得な買い物をする。

 

あとで泣いたって知らないぞ。よし出た。QED証明終了。

 

 

 

「ナナチキもください」

「はい、296円です」

 

 

(……アレー?)

 

(これ一番やっちゃいけないやつじゃん……。一番安いやつ、一番安いやつどれだ!?)

 

「えぇ、えーと、あの、そ、そのコ、コロッケも下さい」

「はいかしこまりましたー」

 

 

 

 

やってしまった。

 

たかが、お茶を貰うために無駄に買ってしまった。

 

コロッケとかアメリカンドッグより肥満有引力係数が高いし。もう振り切ってるし。

もはや、ナナチキも余計だからね。

 

 

しかし、こういう時は気持ちを切り替える。

 

もう、今日は揚げ物デーにしよう!

そう決めた。

 

だから家の近くのスーパーでカキフライも買った。(もうこの時の思考は麻痺している)

 

 

テーブルに並べると、それだけで胃もたれしそうなラインナップだったが、ぺろりと完食した。

 

だってデブだからね。余裕でした。

 

でも、さすがに胃がムカムカしたので、キャンペーンで貰った十六茶を一気飲みした。

 

そして、とってもでっかいゲップが一発。

 

 

 

 

ここで問題です。

 

ゲップでふわっと蘇ったのは、どの味でしょう?

 

A、アメリカンドッグ

B、ナナチキ

C、コロッケ

D、カキフライ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正解は

 

 

Dのカキフライでした!

 

最低!!

 

教訓:スーパーのカキフライはなんか臭い。

くしゃみについて全人類に伝えたい事がある

いつからかくしゃみの大きさを制御できなくなった。

昔は音量も小さく可愛いくしゃみだった。クチュンって。

 

小さい頃から周りを気にする性格だった。

くしゃみは無意識だと大音量になり、変に目立って恥ずかしい。羞恥心も相まって、ちゃんと音量にセーブかけてたと思う。

恥じらいを忘れずに育ち、乙女心を持ってる人(老若男女はとわず)は、大人になってもくしゃみが小さいままだろう。

 

 

だが、今の僕のくしゃみは騒音の部類に入る。
それは自覚している。

 

 

もし僕が巨人だったらくしゃみでウォール・マリアを破壊できるレベルだ。 

それくらいの破棄力はあるだろう。

 

決めボイスは 

「あ"ぁぁぁーーしょ!!」 

無意識だとこういうフレーズになる。

 

なぜこうなってしまったのか。 

一つの理由として、「大人になった」 という事が挙げられる。

 

20歳を迎えたとか、赤飯的な概念の大人ではなく、精神的に大人になったという意味で。 

社会に出て、周りから見た評価も固まってきて、ある程度人に見られる事に慣れてしまった精神状態。

もう、モテなくてもいっかな?という諦めもある。

それ故、羞恥心の欠如からくしゃみが大きくなっていったのだと考えらる。 

 

そんなふうに生きていたつもりが、電車というパーソナルスペースを陵辱される環境では話が違う。

くしゃみで恥ずかしい、というより迷惑を掛ける。実害が出るのだ。

なんの因果家かわからないが、電車内でくしゃみしたくなる現象が5年くらいずっとこなかったと思う。

そのまま、家とか、人がいない道とかでセーブをかけずにくしゃみをしていたもんだから、大音量が基本と脳がインプットしてしまっている状態ではあった。

 

 

そして

 

この前、電車乗ってて、ついにくしゃみの衝動が来てしまった。

 

ドアのすぐ横、縦の棒があるスペースに立っていた。

鼻がムズムズする。

その時も脳内はからっぽだった。ボーっとしていた。

鼻がムズムズする。

何回目かで、くしゃみでそうだな、と軽く思った。

 

いよいよ出そうだったので、「電車だからちょっと抑えようかな?」ぐらいの気持ちが芽生えた。

だが、僕の脳はくしゃみの抑え方をもう忘れてしまっていた。忘れていたこともまた、忘れていた。

あの日あの時のくちゅんの仕方を僕はもう思い出せない。

 

「はっ…、はぁあっ…」

 

ぐらいの時に瞬間的にヤバイと察した!予想以上に口が閉じないのだ。

 

時間にして一瞬の出来事なのに、頭はフルスロットルで回転している。
ほら、見聞色の覇気を使う時の感じ。アレと一緒。そう言えば、みんな分かるでしょ?

 

ヤバイヤバイヤバイ、早く口を閉じなきゃ!という思いだけが、高速でグルグル回転した結果。

 

一瞬の隙をついて、思いっきり口を閉じることに成功した!やった!

 

だが口を密室にした反面、止めることが出来なかった溢れるパワーを放出した場所は、

 

 

 

すべて鼻から出た。

 

 

ブゥフバァァ!!

 

 

という感じで、鼻から体液が大量に出た。

鼻だけだ。一方通行(アクセラレーター)だ。

 

もう、くしゃみが恥ずかしいとか、そういうレベルの羞恥心じゃない。

壁を越えている。振り切っている。

 

なんていうか、もう、事件?

 

顎から滴ってるし、胸の方はシミができてるわ。

とにかく顔に付いたのは、残さず全部両手で集めて、鼻と口を両手で塞いでゆっくりと目を閉じた。

 

以外に冷静ではあったと思う。

 

1分ちょっとぐらいじっとして、次の駅に着いたので降りた。

 

満員電車じゃなくて、ホントに良かった……。

 

言いたいことは1つ。

くしゃみは、普段からセーブしてたほうが絶対に良い。

これは、全人類に伝えたい。

 

 

気づかないウチにあなたもドジっ子と暮らしていますよ

リアルドジっ子はすぐそばにいる。

日本が誇る二次元と呼ばれる世界では、特徴を誇張しすぎた性格や行動パターンがある。

それは総じてキャラクター性として愛されるものだが、そのまま三次元にコンバートするととんでもなく嫌われる。

 

簡単に言うと

 

ドジっ子って現実にいたら、ただ嫌われるだけのストレス要員だよね、という話だ。(ツンデレでも可)

 

 

例えば、ここに一人のドジっ子がいたとする 。

 

皿を洗えばすべてを破壊し、料理をすれば黒以外の色味を出せない。 

風呂を入れれば全部屋が洪水になり、アイロンを掛ければ火事になる。 

この二行だけでも被害総額は人生を懸けるレベルだ。

 

道を歩けば棒に当たり、石があれば必ず転倒する。

そして本日のパンツを披露する。 それが日課となる。

 

アニメという娯楽を抵抗なく嗜む人であれば、どこかで見たようなシチュエーションだろう。 

可愛くもあれば、呆れもする。日が悪いとイラっとすることもあるが、一作品に一人は配属される 

定番キャラクターとも言える。 

 

アニメだから大抵のことはフィクションだと割り切って鑑賞しているが、アニメだとしても素直に飲み込めない描写がある。 

 

ドジっ子現象の一つにある「絡まる」という現象だ。 

細くて長い紐状のモノを渡すと絡まる。 

あ~れ~、とか。 

ひぃーん、とか。 

どしえー、とか言いながら絡まる。 

 

ただし、絡まった最終形態が”亀甲縛り”になるときは完全なネタであると分かるので、僕の中でしっかり吸収できる。 

 

簡単に言うと

 

亀甲縛りはすぐに身体に浸透する。 

 

いや言いたいのはまったく別だった。

 

 

飲み込めないのは、細長い紐状のモノで、全身がぐちゃぐちゃに絡まるパターンだ。 

あれには、どうしても”あざとさ”を感じてしまう。 

 

モノを割ろうが、食べ物を燃やそうが、転んでパンツ見せようが、そこには 

人と人との掛け合いが存在し、ドジをする人もドジを見る人もお互いが演者になっている。

それに、誰もがやってしまう可能性があるミスを誇張した印象を受ける。

 

それに比べて、「絡まる」ドジはどうだろうか? 

絡まる場合だけドジっ子の一人舞台になってはいないかい? 

こう感じるのは僕だけだろうか?

 

ちょっと縄跳びで流れを整理してみよう。 

 

男の子が縄跳びをやっている。

女の子が私もやりたいと言い出す。 

やってみなよ、と縄跳びをわたす。 

ひぃーん、と言ってぐちゃぐちゃに絡まる。

 

… 

 

やはり、あざとくないか? 

自分から絡まりに言ってるだろ。

 

 他のドジは、仕事であったり日常生活で起こりうることだけど、縄跳びを始め、細長い紐状のモノは自分から求めないと手に入らない。

 

 

 

だから現実世界で、勝手に、複雑に、絡まる事なんてこと絶対にない!

 

 

そう確信して、僕はバックからイヤホンを取り出した。

 

 

ドジっ子はすぐそこにいた。 

 

 

ひぃーん。