スナオナシュキ

素直になりたい:30代男性(自営業)

黒いカレーは悪魔のカレー

僕は黒いカレーに目がない。黒いカレーの広告を見ると無視できない。どうしても食べたくなってしまう。茶色いカレーはそうでもない。茶色いカレーの広告ぐらいじゃ食べたいモノは揺るがない。
 
カレーそのものをどうしても食べたくなる日はある。その時は外食ではなく家で作る。おかわりできないカレーは寂しいからだ。物足りない、と言うよりも寂しい。あまりにも楽しいひと時を過ごした時の、終わりを告げる合図。それに等しい。
 
そして黒いカレーを作ることは(個人的に)難しい。なんか色々と複雑な食材やスパイスを使ってそうでワケがわからない。黒いカレーには"ホテル"とか、"北欧"とか、僕の生活とは掛け離れた単語がつきまとう。同じ黒いカレーでも、ドジっ子が両手を血だらけにして作った炭化したカレーとは訳が違う。料理することは好きなのだが、黒いカレーは何で黒くなっているのかは分からない。
 
ダイエットはずっとしている。食欲に勝っては負け、勝っては負け、負けて勝って、負けて負けて負けて勝つ。最終的にはコンビニでホットスナックを買っては負け、シュークリームを買っては負ける。要するにずっと食ってる。
 
うん、そうだよ。太ってる。
 
そんな僕にも、調子の良い日はあるもんで、朝は炭酸水、昼は大戸屋でご飯少なめの魚の定食(600kcal程度)という圧倒的な勝利ムードを呼び寄せた日があった。
 
大戸屋で「ご飯は五穀米。あと少なめで」と噛まずに言えた時には、前世はオフィスレディだったんではないかと自分を疑った。この調子だと9月下旬には一足先にひざ掛けをオフィスに持参してしまうのではないかと心配になる。
 
ただし、エアコンの風が直で当たる席なら仕方ない。それはオフィスレディだろうが、照英だろうがひざ掛けが必要になる。贅肉をたっぷり常備している上司に、エアコンの温度を下げてくれと申し出るオフィスレディはそうそういない。
 
しかし、よく考えてみると、僕はオフィス勤めでもないし、贅肉がある方だし、男だった。杞憂という言葉は、こういうときのために生まれたんだな。
 
【杞憂】きゆう:大戸屋でご飯少なめの魚定食を頼んだとき、自分がオフィスレディなのではないかという不安がよぎるが、男だから関係ない様
 
話を戻すと、僕は朝と昼の食事制限に成功し、久しぶりの勝利を迎えようとしていた。
自分のストイックさに酔いながら最寄駅に着き、軽快なステップで階段を踊り降りた先に牛丼家がある。
 
「新発売!黒カレー
 
軽快なステップが止まり、頭に流れていた軽快な音楽もブチっと止まる。音楽の強制離脱は椅子取りゲームでしか許されないはずだが、黒カレーの前でも有効だと知った。
 
「いらっしゃいませー」
 
黒カレー、大盛りで」
 
僕は黒いカレーに目がない。