スナオナシュキ

素直になりたい:30代男性(自営業)

この世から肩たたきという言葉をなくせたらいいのに

自分が良かれと思って行うサービスが、相手にとって良い行いだったかというと、
そうでもない時がある。
 
「優しさのすれ違い」とでも言うのだろうか。相手も向こうの好意からの行動だ、と理解しているので強く言えない。言えないから気付けない。よって、また同じことを繰り返す。この「優しさのすれ違い」をなくすためには、相手の好意をしっかり受け止め、相手に気づかれることなく、すれ違いをなくす。これが一番良い。
 
ドンキホーテにふらついていた時のことだ。大きめのカゴに入った大量の制汗スプレーの前で、ベビーカーを引くヤンママと50代くらいの男性社員が話をしていた。
遠目からよく見てみると、制汗スプレーはディズニキャラクターを使ったデザインになっていた。
 
どうやら、男性はヤンママに制汗スプレーを勧めているようだ。この時点で、僕は「なんで?」という気持ちになる。接客しないと売れないような高価な製品でもなく、ドンキの自社製品でもないので、人を使って販促する理由が、僕には見当もつかなかったのだ。
 
 
なんとなく気になったので、僕はまだあまり言葉ですら数えるくらいしか発したこともない「ビダルサスーン」の前をポジショニングし耳をすませた。今、僕に接客がついたら間違いなく「ビダルサスーン」を買ってしまうだろう。
 
例えば、大きめのタレ目で唇がぷっくりとした、肉付きは良いが肌が白くきれいな若い女性店員がいたとする。
「男性にもお勧めできるんでよぉ」って言いながらムネチラしたり、
「私もこの香り好きなんですぅ」って言いながらムネチラしたり、
「すっごく似合うとおもいますぅ」って言いながらムネチラしたり、
あとたまに接客されたりすれば、「買います」ってなると思う。
 
ドンキの皆さんビダルサスーンチャンスです。
 
というような頭では変な妄想しながらも、会話を聞き漏らさないように耳をすませていた。
 
男性店員の声が聞こえる
 
「ディズニキャラクターかわいいですよね」
(お前が隣にいなければもっと可愛いと思うけどね。ツーショットで映った鏡をあえて見せながら、お前の顔部分だけ鏡割ったろうかッッ!)
 
「これ、すごく冷たくて気持ちがいいですよ」
(制汗スプレーは基本的に冷たい。当たり前のことしか言えない小さな脳みそが入った頭皮に制汗スプレーゼロ距離で噴射して凍らせた残り毛をぶち抜いたろうかッッ!)
 
と、ヤンママ言いたそうにしているので代弁してあげた。
 
決して僕が言っているわけではない。
 
この男性店員とヤンママの攻防戦は最終的に
 
「このミニーの方は使ったことあるんで」というヤンママのフィニッシュブローに対し、
 
「ありがとうござまっすぅ!」という男性店員の謎の公開ドM宣言で幕を閉じた。結局、制汗スプレーは売れなかった。ちなみに僕の元に大きめのタレ目で唇がぷっくりとした、肉付きは良いが肌が白くきれいな若い女性店員も来なかったので、ビダルサスーンも売れず終いとなったわけだが、僕の疑問は残ったままだった。結局、あの押し売りはなんだったのか。ヤンママ帰ったら店員もどこかに行ってしまったし。
 
ちなみに、僕は営業経験(リフォームの飛び込み)もあるので、営業行為自体を否定しない。最初は怪しくて嫌だったけど使って見たら最高。出会いに感謝というパターンも、ざらにある。
 
自社の商品でなくても、自分が良いと思った商品や経験を他の人にも味わってもらいたい。この気持ちは大切にした方が良いと、個人的には思う。
 
伝え方や環境、相手との距離を計れなければ冒頭でも出てきたように、
「優しさのすれ違い」が起こる。
 
例えば飲食店
気さくな店長の雰囲気がウリになっている個人経営の飲み屋。居心地が良くて、何度も足を運ぶうちに常連として顔を覚えられた。
 
「はいお待ちどうさん。いつものね」
 
テーブルの上に置かれたのはビールと枝豆の黄金セット。それと何やら見慣れない小鉢。
 
「あれ?おやっさん。これ頼んでないよ」
「へへっ。それはサービスだよ。お客さん最近来るの遅いじゃない。残業多そうだからさ。栄養あるもん食いなよ」
「おやっさん…、ありがとう。グスッ…(俺、卵アレルギーなんだよなぁ)」
 
みたいなやつね。
 
あと子供がしてくれた肩たたきとかね。
でも、これは肩たたきが嬉しいというより、その気持ちが嬉しいってやつなのかな。子供いないから分からないけど。ただ、肩は叩いても全然気持ち良くない。実際にマッサージチェアですら「叩き」はいらないと思っている。
 
というかもう、肩たたきは凝りの解消にはならない。それが言いたい。凝る部分は多くの場合、真上には存在せず、肩たたきは多くの場合、真上を叩く。これは正常な筋肉を痛めつける可能性を秘めている。
 
 
だから、もし将来に肩たたき券をプレゼントされる日が来るならば、ちゃんと準備しておく必要がある。手始めに、我が家から肩たたきという言葉の存在をなくそうと思う。いずれはこの世から肩たたきがなくなり、肩もみのみの世界にしていきたい。これが本当の優しさだと考える。
 
優しさすれ違いをなくすのは、とんでもなく骨が折れることなんだなぁ