スナオナシュキ

素直になりたい:30代男性(自営業)

幼少時代のカリギュラをメモする

 

勉強した事をメモに書き取る。学生のときに授業をノートにまとめていたような事を、大人になっても時々やる。昔から感じていた事だが、そのまとめたノートを見返す事はない。雑な文字で書き取ったメモはもちろん、自分なりに段落や余白、色を気にして綺麗にまとめたノートですら見返す事はない。

何故だろう?疑問がよぎったがすぐに答えは出た。答えは、

 

「面白くないから」

 

たぶん、コレに尽きる。

面白くないものを読む訳がない。そのノートの著者は自分だから、面白くないのも事前に分かっている。たまに家の整理で、古いノートやメモを見て思うのは「こんなことやったな」とほくそ笑むぐらいだ。アニメとかの引っ越しシーンでは思い出的なアイテムを見つけたあとに、主人公がふっとほくそ笑み、都合の良い位置にある窓から青空を見つめオープニング曲に入ったりするかもしれない。だが現実はそうはいかない。

 

面白くないモノと分かっていて見る

    ↓

やっぱ面白くないや

 

こんな無駄な時間を過ごしたくない。だから面白くないメモは見ない。とそういう訳にはいかない。それでも人間と言うのは見てしまうのだ。

 

 

突然だが、ウンコの臭いを思い出しておく。

 

小さい頃、犬のウンコが大量に落ちている細い路地があった。当然のことながら、強烈な臭いである。基本的には避けて通るのだが、気付くとその路地に向かっている自分がいる。路地を突っ切るほどバカではないが、その路地に近づいて、あの強烈な臭いをフワッ鼻先で感じてから「これはアカン」と思いながら引き返す。

しょっちゅうコレを繰り返していた。

あの行為は何だったのか。気持ち悪いものや、臭いもの、怖いものは嫌なはずなんだけど、もう一度体験したくなる。

この心理を「カリギュラ」と呼ぶそうだ。やっちゃいけないことはやりたくなる怖いもの見たさ、色んな言葉で表現されてはいるが。

 

ここで1つ謝らなくてはいけない。もう一度読み返すであろう自分に謝る。

 

「こんな無駄な時間を過ごしたくない」と書いた次に「突然だが、ウンコの臭い思い出しておく」という後に続くのは、確実に無駄な時間に値する文章だった。申し訳ない。

 

言ってしまえばこんな駄文はすべて無駄な時間な訳なのだが、「カリギュラ」の意味をメモしただけじゃ捨ててしまうと思ったので、こういう形で残すことにした。

 

このメモ方法、すげえ面倒くさいな。