スナオナシュキ

素直になりたい:30代男性(自営業)

できる子ができない子のペースに合わせる教育

リンスはいつになったら周りののペースに合わせてくれるのだろうか?
 
僕がリンスをリンスとして自覚したのは中学2年〜3年にかかるぐらいの時期だったと思う。女子が近くを通る髪の匂いで、せっかく覚えた歴史の年表が全部ぶっ飛ぶぐらいの時だ。
 
小さい頃、「走るのが早い子は走るのが遅い子に合わせる」みたいな教育が僕の時代にはまだあった。今はどうだか分からないが、あったとしても、言葉尻一つ取り上げて、火あぶりの刑に処すような時代なので、言い方はもっとオブラートに包んではいるだろう。
 
「走るのが早い子は走るのが遅い子に合わせる」なんて言った日には
 
「先生はうちの子を”遅い”って言いたいんですか?これは差別じゃないですか!?」みたいなことを言い出すだろうし。
 
こういう時は、飽くまで持論ですが根拠を見せるに限りますね。言葉はオブラートに包んで、言いたいことは根拠を見せた方がいい。
 
例えば
 
地球を愛しすぎてて大地を踏みしめてしまうスピードで走る子には「タイム」
 
食物の消費で日本の景気向上に貢献する、経済意識高い系ボディの持ち主には「体重計」
 
個性的で創作意欲を高め日本のクリエイティブ業界にエネルギー源になる顔には「鏡」
 
このように、まず本人に自覚させることが大事ではなかろうか?
 
で、リンスの話に戻るのだが、リンスには自覚がない。マイペースすぎて、周りのスピードに合わせられない。その自覚がない。
 
もう、なんていうか。リンスって圧倒的に減らないよね?って話。
女性は違うかもしれないが。
 
そして文句を言いたいのは、トラベル用のシャンプー&リンスのこと。あのリンス絶対余るよねっていうあるある。
あれって100均にも売ってるけど、どっちかって言うと男よりの商品だと思う。
女性はサンプル品とか貰う機会多いだろうし、トラベル用のラインナップも他メーカーで売ってるはず。
 
別に安いからそのまま捨ててもクレーム言う程じゃないんだけど、確実に資源の無駄じゃない?
そこに愛はあるのかい?
少なくともトラベルセットの半分近くは愛がない。ペースを合わせないのは愛がないと言わざるを得ない。
 
だから、ペースを合わせるって大切だよって言いたい。
 
将来の子供のためにも。もし子供が学校生活を送ってる途中に、足並みを揃えなければ交友関係に支障が出る状況になった時、
 
「パパはペースを合わせろって言うけど、ウチのリンスだってペースを合わせてないじゃないか!!」
 
って反論されたら何も言えなくなる。そのためにも、もうそろそろリンスにもペースを合わせて欲しい。
もし、それが叶わぬ願いなら、せめてリンスの他の使い道がないか皆で考えていってもいいと思う。
 
ちなみに僕の場合、外出で持ってきたトラベル用リンスが大量に余る場合は、全身に塗りたくってユニットバスの風呂釜の中でぐるぐる回って暴れる。
大量のリンスのヌルヌルのおかげで少ない痛みで暴れることができる。
終わった後はちゃんとシャワーでリンスを落とすのだが、その時の虚無感はハンパない。
 
あと掃除のバイトしてる人で、なんでこんなところにリンスが?と思った人、それ僕です。もしくはまだ出会ったことない同志かもしれない。
 
申し訳ありません。でも、またやると思います。よろしくお願い致します。