スナオナシュキ

素直になりたい:30代男性(自営業)

伊達に「伊達に」を好きで使ってるわけじゃないんだからねッ

そろそろ「伊達に」とちゃんと向かい合ってみようと思う。

そう思った理由は「伊達に」の使い方が、未だに混乱することがあるからだ。

 

例文を考えてみる。

「おまえ、またテストで100点取ったのか!?」

「伊達に塾行ってませんから」

 

もう、ややこしい。

行ってないって言ってるのに、結局行ってるやつ。

 

このツッコミすらややこしい。

 

伊坂幸太郎でもこんなにクドイ文にはならない。

言うとしたら、かろうじてマッキー。

 

もう恋なんてしないなんて言わない状態。 

 

たぶん「伊達に」の意味がわかってないから混乱するのかもしれない。

計算式を丸暗記したって、公式を知らなければ応用問題を解けないみたいなものか。

 

いざ、調べてみると簡単だった。

 

「伊達」というのは言い換えると「飾り」「格好だけ」という意味らしい。

ということは「伊達に」を「見栄で」とか「見栄を張るために」と言い換えると良い。

 

「おまえ、またテストで100点取ったのか!?」

見栄を張るために塾行ってませんから」

 

ちょっとまだ違和感がある。

今度は語尾に注目する。

例文がよくなかった。語尾は「~しているわけではない」にするとやさしい。

 

「おまえ、またテストで100点取ったのか!?」

見栄を張るために塾に行ってるわけではない」

 

もう少し付け加えると、

 

友人「おまえ、またテストで100点取ったのか!?」

僕「見栄を張るためにで塾行ってるわけではないッ!」

 

これ怒って使うやつだったんだ……。

 

というかこの例文だと友人がなぜ怒られているかわからない。

逆ギレでもないから、ただのキレ。急なキレ。

 

それにしても「伊達」って言葉を初めて調べた気がする。「格好だけ」だったとは。

ということは伊達公子は格好だけの公子であって、伊達政宗は格好だけの政宗だということなんだね。

こうなると人物なのか刀なのかもう分からない。

格好だけの政宗ということは、そんなに切れ味が良くないのだろう。

伊達政宗がフェイクである伊達政宗の切れ味に首を傾げているのを見て、草野マサムネがフェイクファーという歌を作ったのかもしれない。

 

いや、なんていくか、クドい……。

でも、こういうのが好き。

結局のところ、伊達が好き。